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ショパン 舟歌 小山実稚恵 Chopin Barcarolle Michie Koyama

ショパンのほとんどの曲がナンバーで呼ばれるなかで、晩年に作曲された「舟歌」と「子守歌」は例外であり,題名の中にショパンからのメッセージが込められているような気がする.
 ショパンはベニスを訪れたことがなかったので,このバルカローレ(舟歌)はジョルジュ・サンドと同行したマジョルカ島への船旅、あるいはその前年のイギリスへの船旅をモチーフにしていると思われる.作曲したのは,ショパンの病状が進み,ジョルジュ・サンドとの間に波風が立ち始めた1845~46年(死の3年前)である.ショパンは見え隠れする死の影と孤独の中でそれまでの人生を振り返り,ワルシャワ時代、パリに出て来た頃のこと、サロンでの演奏会、サンドと過ごした日々など、音楽家としての道のりをその船旅に重ね合わせているように思える.

曲は船が港からゆっくりと滑り出すところから始まる.外海では波頭のしぶきが日の光を浴びて,あるときは黄金色に,あるときは白く輝いている.波は次第に高まり,大小さまざまな波が次々に押し寄せてくる.そんな光景はやがて光の帯となって夕日の中に消えてゆく.まるでショパンが親しい友人たちにあてた最後の挨拶のようである.実際,ショパンはパリでの最後の演奏会(1948年2月16日)でこの曲を弾いている. Bon Voyage ! (良い旅を!)

この曲で,左手が奏でるリズム・メロディはうねりの動きを表し,右手が奏でるメロディは,ある時は水面の煌めきを,ある時は怒濤の波を,ある時は波に揺れる船の動きを表わしているように思える.ノクターンのように甘美で澄みきった旋律はショパンの内面を映し出しており,旅路・人生を物語る構成はバラードのようである.水面の輝きの精緻な描写は後にドビッシー,フォーレ,ラベルらに大きな影響を与えた.この曲がショパン最後の大作と評される由縁である.

 ピアノ演奏はチャイコフスキー・コンクール第3位(1982年),ショパン・コンクール第4位(1985年)を獲得された小山実稚恵さん.知的で,上品で,精確で,なおかつ情感豊かな演奏はショパンの心情を余すところなく伝えている.秀逸のひとこと.

Chopin Barcarolle Fis-Dur Op. 60
Piano: Michie Koyama, winner of the third prize in the International Tchaikovsky Competition in 1982, and the fourth prize in the International Frederic Chopin Piano Competition in 1985.
“Frederic Chopin” by Eugene Delacroix. “Impression, soleil levant” by Claude Monet. Photos of ocean waves are from “Looking closely at ocean waves: from their birth to death” (Terrapub, Tokyo, 2003). Photo of the sunset by M. Sato.


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